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古墳の話

大阪・社史担当の徳山です。

皇室典範の改正で女帝の誕生の可能性が高くなってきました。そういえば、最近はオーナー企業でも、直系に娘さんしかいないとき、従来の"娘に婿をとって"というパターンを踏襲せず、娘さんご本人が社長を継承するケースが目立つようになってきました。
ウ~ム、そういう時代になってきたんだな・・・なんぞと、休日に古墳の壕端に腰掛けてビールを飲みながら考えておりました。

べつに考古学が趣味なわけではありません。我が家のあたりは古墳が散在しておりまして、休日の散歩コースなんです。

むかしの天皇が埋葬されていると一般に言われる大きい古墳は、事の真偽は別として、地元では敬意をこめて「御陵(ごりょう)さん」と呼んでいます。

御陵さんのなかでも堂々として目立つのは前方後円墳で、大きなものになると差し渡し数百メートル、標高も数十メートルあり、高い建物のなかった往時は相当目立ったと思われます。これらの古墳の多くは現在、宮内庁によって「天皇家の墓」ということで、立ち入り禁止となっています。

立ち入り禁止が効果あってか、古墳には木々がうっそうとしげり、野生動物の宝庫でもありました。私が中学校のころですが、こっそり忍び込んだ友人が「ウサギをとった」「キジがいた」と自慢をします。自慢がすぎてやがて「シカがいた」「熊の足跡を見た」とエスカレートして馬脚をあらわすのですが・・。今でも晴れた日に望む古墳は美しいもので、よくぞ立ち入り禁止にしてくれた、と明治政府の役人様に感謝する次第です。

大きいのとは反対に小さい古墳もあります。たとえば陪塚(ばいちょう)。

これは大古墳のあるじの家来の墓とされており、大きな古墳の周囲に転々と散らばります。同じく宮内庁の管理下にあるのかもしれませんが、こちらは比較的ぞんざいに扱われており、フェンスで囲まれる程度なので、出入り自由。

私が試しにのぼってみたのは木も刈り取ったはげ山(丘)で、見えるものといえば間近に迫る住宅の洗濯物くらいでした。名称も、前方後円墳が「御陵さん」であるのに対し、こちらは「コフン」とすげない扱いです。

拙宅のうしろにも、この小さいコフンがあり、休日には壕端に腰掛けてビールを飲んだりするわけです。

たまには、近何十年の経営史や産業史など忘れて、千数百年もそこに存在しつづけるコフンを見ていると、何となく気分がゆったりしてきます。皆さんもいちど、コフンウォッチングでもいかがですか?
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